2008年7月21日 (月)

早くも37、4度

梅雨明け早々、早くも37、4℃。 というよりは、今年は空梅雨:雨らしい雨はあまりありませんでした。「梅雨明け三日」の格言もどこに行ったのか、夕立もまったく無し。早くから35度の日々です。TVの天気情報でいつも、南の潮岬より3度ほど高く、近畿のどこよりも高いのは頭にきます。歳に関係があるかも判りませんが、私が耐えられる「室温」は34度までです(百葉箱の温度ではありません)。この温度までは扇風機の風が気持ちいいでが、
これを過ぎると扇風機からの風が生暖かく、まったく耐えられません。不思議なほど境がはっきりしています。こうなればク-ラ-という非温暖化の敵のお世話になりますが 暑さしのぎに毛布をかぶるという話が現実味を帯びてきます。雨戸一つで外と接している寝室も35度くらいになっています。ク-ラ-で30度近くまで下げた後、30度に設定して寝ます。不思議に思われる方もあると思いますが、30度でも少し寒いですしかしこの部屋のク-ラ-にはこれ以上の目盛りはありません。ク-ラ-は湿気をとってくれます。 湿気さえなければ30度はあまり暑くありません。時に寒いくらいです。ク-ラ-というものは何度に設定しようが、出てくる空気は氷のように冷たいものです。この冷気が部屋の空気と混じり、設定温度まで室温が下がれば動きを止めるわけです。したがって、風力を弱にしたり、自動送風にしたりしたらひどい目にあいます。体の上に冷気がまともに降りてきて、まったく心臓が止まるかと思うほどの寒さに目が覚めます。毎年使い始めはこの失敗の繰り返しです。 風量は強にして、遠くで冷気を振り降ろすのがコツです。この方法は電気もあまり使Img_104040 わず、合理的と自負していますが、さてどうでしょう。それにしても、暑さも然りながら、湿度対策を国に願いたいものです。 湿度さえ無ければ、あまり暑さを感じないし、汗もうまく発散できて熱中症等はなくなります。茎も一本から三本に増え、花の蕾みもたくさんつけたキレンゲショウマですが、いかんせんこの暑さ!! 咲くか咲かぬかの頃にしおれて落ちてしまいます。鉢が小さいままの為の水不足か、葉も枯れています。京都で育てるのが可愛そうに思えるほどの酷暑です。今日も35、9度。 話変わって、奥様は友達たちと今夜比叡山で納涼: 「延暦寺納涼歌舞伎」とか。一体何時頃から始まったんでしょう。

2008年7月20日 (日)

虫たちの英知

またセミの抜け殻を見かけるようになりました。まだ泣き声は聞いていません。子供たちが小さい頃、歩いているのを捕まえて、しかるべき場所に留らして、羽化を見たことがあります。孫がもう少し大きくなったら、見せてやりたい-なかなか感動的な、命誕生シ-ンです。それにしても土の中でどうして出る時期を悟るのでしょう。 孫が、シャツにてんとう虫の絵が書いてあるのを嬉しそうに見せたので、本物が畑にいつでもいる筈と探しましたが、見つからず。そういえば、連作障害の弊を避けるため、今年は唐辛子やピ-マンを植えていません。大好きな唐辛子の葉が無ければ来ないという事です。 昆虫達は一体どうして、好物があるのを見つけて来るのでしょうか。 私はいま、風呂上りには「金麦」で水分補給をしています。ビ-ルの飲み残しを庭に置いておけば、ナメクジがたくさん捕獲できることを知っImg_101240 てる方は多いと思います。 家内に頼まれて、金麦を少し飲み残しておきました。明くる日、ただの一匹も入ってなかったそうです。金麦はビ-ルとはまったく別物とまったく相手にせず、ということ。人間はごまかせても、彼らは、ただの一匹もごまかされず。彼らの五感に比べ、我々人間は、便利な生活になれ、どんどん感覚がにぶっているのが判ります。食料の偽装、ごまかしがいとも簡単にまかり通るのも故なしにあらず、ですな。先日、昼に店から食事に帰ってきたら、下の孫が昼寝中につきお静かにと。廻りの戸を開け放し、遠くに扇風機と蚊取り線香のみ。気持ちよさそうに、大の字になって寝ていました。私もしばらく横で寝転びました。 まったく昔ながらの昼寝景色。 開放感にあふれ心地まったく良し。 と、ま-、いささか格好つけて下書きを書いたのは昨深夜。今日の最高温度37、4度ではこんな昼寝は出来ません。京の暑さは又書かずにはいられ無いでしょう。まったく頭にきます。気がなえます。

2008年7月17日 (木)

日和神楽

昨宵山の深夜11時:新装成った八坂神社の西の楼門(四条通の正面)の石段に座って、缶ビ-ルを飲みながら待てども、待ち人現れず。 痺れを切らして、お迎えに。 四条通を西Img_102740 に進みました。突然、切り通しあたりから四条通に現れました。鍵善の前に設えられた休憩所で一休みして、八坂神社に向かいました。神前でのお神楽奉納に向かう、長刀鉾の屋台です。正門の南門から入り、神輿三体が明日の神幸祭のために安置されている舞台の前に進みます。舞台の先にある本殿に向かって整列。神主さんが明日の、山鉾巡行の成功を願って祝詞をささげます。その後、そのお礼の意味でしょう。お神楽=お囃子が奉納されました。始めは静かな調べで、笛が中心。 だんだん鐘太鼓もにぎやかになり、最後は乱れ撃ちに近いお囃子でした。カメラのフラッシュも遠慮したくなる、なんとも心に染み入るひと時でした。回りにも大勢の人がいました。 十時過ぎから境内をうろついていましが、屋台や若物で賑わっていたのが、11時頃には大分人が減っていました。 おそらく、屋台とともにImg_103540 お参りに来た人たちなのでしょう。皆さん、同じように二礼二拍、祝詞の際には頭を下げていました。私も同様に。祇園祭が敬虔な神事であることを改めて認識しました。この暑さ 仕事でほぼダウン状態でありながら、一人で見に来た甲斐が十分ありました。終わったのが丁度12時。 小さい子供も大勢いました。 明日朝早くからの巡行の事を思うと大変な行事と思い知ります。 日和神楽とは、各山鉾が、宵山のお囃子を終えた後、四条寺町のお旅所へ明日の巡行の成功を願って、お囃子を奉納するものと知り、二年前に見に行きましたが、長刀鉾だけは神社本殿まで、奉納に出かけます。今日の巡行で先の祭り終わり、その直後から24日の還幸祭までが後の祭り;神輿が中心になります。

2008年7月13日 (日)

鉾の曳き初め

昨日と今日は祇園祭の鉾の曳き初めの日です。今日 大阪の娘の家族が鉾を観に来るというので、曳き初めを体験させてやりました。 四条京阪で落ち合って、まずは食事をしたあと、この猛暑日のさなか、河原町を越え、烏丸、室町を越えて休み休みしながら、新町にImg_100420 たどり着きました。いわゆる鉾の辻:四条室町にある四つの鉾の曳き初めは昨日でしが、一つ西の新町の放下鉾と鶏鉾、南観音山と北観音山は今日でした。 一般の人も参加できるということが知れ渡ってきている所為でしょう。宵山並みの人ごみでした。一緒に連れて行ってやったこちらの孫は、尻込みしましたが、大阪の娘と孫と私が放下鉾で体験しました。旦那はカメラ掛かり! 丁度三時にコンコンチキチンの囃子が始まり、小屋根の上に立つ音頭とりが「ヨ-イヨ-イエンヤラヤ-」と扇子を大きく回すのを合図に鉾が動き出しす。運動会の綱より一回り太いのを引っ張るわけですが、鉾の傍と先端にいる専門家達がうまく引っ張るので、我々一般人は綱をもって歩くだけです。しかし思わぬ体験に大阪一家が大変喜んでくれました。新町通りは昔のままの、狭い道幅で、昔ながらの瓦屋根の家屋も多く残っているので、かつての巡行が偲べます。鉾は左右に揺れるので、大屋根に座っている若物たちが電信柱に当たるのを足をつっかえ棒にして防いでいました。私の家は八坂神社の区域外ですが、祇園祭は京都の住民すべての風物詩でしょう。 コンチキチンのお囃子が始まるとジンときました。

2008年7月10日 (木)

大屋根の樋の付け替え

Img_098740 ヤット大屋根の樋(トユ)の付け替えができました。 アカのトユに一センチほどの穴が10箇所ほど開いていました。雨の日は大屋根から大粒の水が下の屋根に落ちても何の障害もありませんが、問題は雪解けの水です。まったく快晴の日に、我家の前を通る人に、下の屋根で撥ねたしぶきがかかります。怪訝な顔で上を見上げる人を見るとまったく恥ずかしい思いでした。近くの懇意な板金やさんに頼むと、足場を組み立てないと出来ないといわれ、そのままになっていました。 狭い道なので、足場を組むとトラックが通れ難くなったり近所迷惑なので踏み切れませんでした。この夏の大雨の日に、玄関庭の縦樋から水が流れ出て、廻りの壁に影響が出るのが見つかり、その修繕の相談をしていたとき、息子さんが、表の樋も、足場を組まずに、はしごをたびたび動かしながらやってみますと言ってくれましImg_099340 た。この酷暑の中、写真のように梯子を昇ったり、降りたりほぼ一日がかりの仕事でした。仕事とはいえ、職人魂には頭が下がります。長崎の千羽鶴が燃やされたとき、同業の
若者に呼びかけて、燃えないアカ(銅板)で千羽鶴を作って奉納しました。新聞で大きく報道されました。今の日本にも、このような若者がいることに感動を受けました。写真は家内が譲り受けたアカの折鶴です。

2008年7月 6日 (日)

猛暑七夕

Img_098840 明日から地球温暖化対策のサミットですが、あざ笑うように、早くも体温に近い猛暑です。
明日も猛暑らしい。まだ梅雨の筈ですが、期待する雨は逃げてばかり。明日は珍しく雨降りではないが猛暑の七夕になりそうです。旧暦の7月7日はほとんど立秋以降であり、古来の「七夕」は秋の季語だそうですね。 新暦の7/7は本来梅雨の最中で、星も見られませんが、旧暦では必ず「上弦の月」となり、月が沈むのが早いので、「天の川」が見えやすいそうです。各地の七夕祭りも旧暦が多いですね。国立天文台では、天の川がよく見える「旧暦7/7」を「伝統的七夕」と呼び、その日の新暦での日付を広報しています。国の機関なので、旧暦を公には言い出せないことから生まれた命名らしいが、いい名です。私もこれから「伝統的正月」「伝統的ひな祭り」などと言いましょう。 ちなみに今年の七夕は8月7日:立秋の日です。8/9に孫達と若狭へ泳ぎに行く予定なので、皆で天の川を見られるかもと楽しみです。今年から幼稚園の上の孫が、プ-ル熱に掛かり、自宅で謹慎:幼稚園に行きたいとぐずるので、先日家内が、付き合って七夕飾りを作っていました。今離れの「軒端」に飾られています。 まもなく一歳半になる下の孫に、海行きに備えて、ぼちぼち足のバタバタを仕込み始めています。風呂の温度を38度にまで下げていますが、出るときは汗びっしょりです。孫と遊びながらのメタボ対策です。

2008年7月 3日 (木)

黒糖焼酎

私が今、家で飲むアルコ-ルは大体黒糖焼酎です。ビ-ルや日本酒から切り替えたのは、世間一般より大分早かったように思います。糖分ゼロに惹かれたのと、懐具合の関係です。はじめは20度の麦焼酎でしたが、40度の黒糖焼酎に出会って、そのまろやかさとImg_098340 コクに驚きました。銘柄は「奄美」。 焼酎を味わうのなら、40度をストレ-トで:に限ると思っていますが、それが日常では体が持ちませんので、黒糖奄美30度を水で割って飲んでいました。奄美は少し癖があるので一般向きでないかも知れませんが私は好きです。たまには他の酒も試してみたいので、取り寄せはせず、毎々自分で買いに行きます。近くにあり、自転車でも行けるし、車も留めやすい店にはなぜか「奄美」が置いてありません。長寿の酒と名高い「くろちゅう」も悪くは無いので、今は、「くろちゅう」30度と25度を一本ずつ買います。長寿の代表者:徳之島の泉竹千代さんが死ぬまで飲んでいた酒です。まったく癖が無く、誰でも飲みやすい焼酎です。お医者さん嫌いで、検査も永らく受けていませ(血圧を計り、薬をもらいに行く先生から「一度でいいから血液検査くらいさせてください」と拝み倒されます)が、医食同源賛成者です。焼酎には納豆と同じく、血液さらさらの素:ウキナ-ゼがあります。まして黒砂糖は砂糖というよりは甘いミネラルといわれるほど、ミネラルの塊です。黒糖焼酎とは薬そのものです。30度の焼酎は日本酒のほぼ倍のアルコ-ル度です。水で割る前に一応カップで測ります。100CCなら、日本酒約一合。150から200CCならまずは許容範囲とカップに入れたのを水で割り乍ら飲みます。 しかしこれを飲み終えた頃は、大分気宇壮大になっていて、まったく計量もせず、直接湯のみ茶碗に注ぎますので、明くる日にびっくりするほど壜が減っていることがあります。あまり飲みすぎないようにと注釈つきながら、父の日には娘、息子家族から焼酎や泡盛をもらいました。 空壜も含めて、徳之島酒造のくろちゅうの壜が今四本そろっています。しまちゅう伝蔵は、はじめて飲みましたが、フル-ティ-な味わいです。焼酎は糖分ゼロながらアルコ-ルには違いなしとも言われます。アルコ-ルは糖に変わり、メタボの素といわれますが、私は少しメタボかな?程度です(他人はそうは言わないでしょうが)。大体メタボ検査なるものは、医学的根拠も薄く、天下り先を増やしたい官僚さんが考えたものに過ぎないと思っています。
役人天国のぬるま湯に長く浸っているせいか、このごろはピンボケ施策が多いですね。

2008年6月30日 (月)

お菓子 水無月

Img_098640 6月30日は夏越の祓いに茅の輪をくぐり、お菓子「水無月」を食べる日です。三角の外郎の上に小豆が載っています。甘いものにあまり手の出ない私も好きです。私は夏越の祓いに出かけたことはありませんが、お菓子は毎年食べます。永年なじんだ味は好き嫌いを通りこして、好もしく脳にインプットされているのでしょう。6月の20日頃にいつものお菓子屋さんが注文とりに来られます。今年は白ういろう8ケと黒砂糖ういろう12ケを注文したそうです。なぜか今年は抹茶ういろうは無かったようです。半年の終わりに穢れを祓い、氷に見立てた外郎を食べて暑気払いをし、後半年の無事を願う慣わしです。しかし水無月を字の通りに解釈するにはあまりにも皮肉な土砂降り混じりの日々でした。やはり旧暦にあわせてやってもらえればと思います。 疫病退治の願いを基にした祇園祭は、7月1日から始まり7月末の夏越の祓いで終わります。旧暦を基にしているのか、理にかなっていますね。 尤も昨今は温暖化の所為で夏の終わりを感じるのは10月に入ってからですが。「何事も傍観するだけ」のイメ-ジが強い福田さんですが、温暖化阻止には、このサミットで想定外の頑張りを期待したいものです。 さて「ういろう=外郎」とは外郎家が作り始めたお菓子だそうです。小田原にある外郎家で、ういろうなる薬とういろうなるお菓子を売っているそうです。先年小田原を探索した友人からのメ-ル情報です。外郎家は確か足利時代に京都から小田原に移ったそうです。

2008年6月27日 (金)

萩&古都騒然

ハギといえば、字の通り秋の花ですが、我家では今、猛烈に枝を伸ばし、花も付いています。花壇の領域に植えられていますが、内側は密集状態なので、所かまわず、私の管轄下のミニ菜園に枝を伸ばしてきます。日当たりの妨げになったり、野菜の邪魔をするで、邪魔な枝は切っています。写真はきゅうりの蔓に捕まった一枝です。中国では鑑賞の対象になっていないそうですが、Img_097840_2 さもありなんと思えるほどの勢いの良さです。日本では万葉の昔から、歌にもよく詠まれ、幽愁の秋を代表する花です。思うに、秋になれば、枝が延きって、頭を下げているので、物静かな樹木と思われるのでしょう。ハギといえば、先年、竹屋さんにいただいたハギの枝に水を含ませて、自分の手でなめしてまっすぐにし、古くなった袖垣を曲がりなりにも修復したのを思い出します。ビフォア-、アフタ-などの写真を添付して、メル友たちに自慢しましたが、先生の竹屋さんにも上出来とほめられた、自慢の作です。昨日、仕事の関係で法務局に行ったついでに、近くの「梨の木神社」(御所の隣にあり、名水と萩で有名です)へ今の萩の様子を通りすがりに見に行こうと思いましたが、サミットの外相会議(御所内の迎賓館であります)の関係でとても近寄れませんでした。河原町通りでも、「検問」の旗を持った警官が立っていました。何の基準で検問するのか判りませんが、私の車は素通りできました。警官を乗せるバスをたくさん見かけました。 午後仕事で出かけた南の方にも、バスが三台停まっていて、厳戒中。 後でNEWSを見て、大阪空港へ専用機で着いたライスさんが車で京都に入るための厳戒かと知りました。 25日も市役所前の庭にはやはりバスが三台ほど停まっていました。後年サミットを京都はへ呼ぶために、警戒の万全さをアピ-ルすると新聞にも書いてありますが、この物々しさは逆効果なのではないんだろうかと???。 警察の車とはいえ、停車中は屋根についている赤い回転ランプは消しておいたほうがいいのにと思いました。緊急出動の際にのみ必要なものです。必要以上に一般市民におどろおどろしさを植えつけたように思います。警察ここにあり!デモ何ぞは金輪際許さんぞとの意志表示であったのかも知れませんね。こんなにしてまで京都にサミットを呼び寄せようとするメリットとはなんぞや?京都駅他のコインロッカ-が使用禁止なので、重い荷物を担ぎながら京見物した女性グル-プの感想が新聞に 載っていました。 まさに古都騒然。

2008年6月25日 (水)

「縁側」の思想

先の休日に、久しぶりに本屋で少し時間を過ごしました。京都で最大級の本屋さんですが、あまり読みたいと思う本に出会いませんでした。大概の本は、ペ-ジをめくるだけで
言いたいことが判ってしまって、わざわざ買って読もうとも思えません。 短い時間に書き上げた本とか、新聞雑誌に連載したのを纏めたものとか、何か粗製乱造の趣がありますね。 「縁側」の思想:という本に惹かれました。京の町家に住みながら、自分では思いもせず、考えもしなかったことを、アメリカ人の著者が指摘しています。まったく優れた建築家が今京都の町家に住み、町家再生に取り組んでいます。我家もこの人の著述の通りなので、、町家の再認識をさせてもらいました。 普通の(アメリカ然り)家ではドアを開ければ「外」から「内」に入るが、京の町家では、ドアを開けて入ったところが玄関庭。屋根が無く、植物があり、外と同じ建築資材。まるで「外でもなく、内でもない」あいまいな存在。縁側、渡り廊下、濡れ縁なども家の外とは言えず、さりとて家の内ともいえぬあいまいさ。このあいまいさを、京の町家の特徴として好意的に捕らえています。尤も我家は商家なので、表の戸をImg_098140 開ければまず店の間;次に玄関庭と玄関の間があります。写真はその玄関庭です。私もウォッシュレットに座り、戸を開け放って、渡り廊下越しに正面の庭を楽しみます。手水鉢に水飲みに来る鳥を観たり、ただ一枝だけそよぐ棕櫚竹の葉に、風の通り道を知ったり。 枯葉が音も無く落ちるのを観るのも少し感動ものです。こうなると「厠」も半外; 開放感にひたれます。 玄関の間からは普通 坪庭しか見えません。 右折して中の間を通り、奥の間に来てはじめて奥庭が見えます。家を大きく見せる工夫との解説がありますが、私はあまり評価できません。よほど親しい人しか「奥の間」に通さないのが京都風らしいですが、この辺りに「京都の人はいけず」「京都は敷居が高い」とかの評判の元になる京都人気質がありそうですね。

«活断層

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