西院
嵐電でも阪急でも四条大宮の次が西院です。嵐電では「さい」と呼び、阪急では「さいいん」といいます。大学に入った頃、高校時代の友人達とよく飲んだのがこの辺りのホルモンの屋台でした。雑然とした町でした。 今もその趣はありそうです。少し懐に余裕があるときには東(木屋町、先斗町、祇園)にもたまに出ました。東にも「裏寺」など安いところもありました。東の方に下宿している、大学時代の友人達と飲んだのは、このあたりです。西院とはなんぞや?の私の永年の疑問が氷解しました。先日梅宮大社へバスで出かけましたが、
西大路四条(=西院)にある高山寺というお寺の門前に「淳和院跡」の石碑があるのを見つけました。家に帰ってから調べてみました。淳和院とは淳和天皇の離宮で、東にある御所に対して、西院と呼ばれたそうです。昔読みでは「さい」。今風に読んだら「さいいん」です。時の前後のことは早くも忘れてしまいましたが、この辺りが「西院の河原」だったそうです。死体を置く、葬送の場所だったそうです。後年、その場所はは今の京都駅辺りに定められましたが、子供の亡骸はなぜかその後もここに置かれたそうです。「サイの河原」とは私は「賽の河原」と理解していましたが、正しくは「西院の河原」だそうです。「一つ積んではーーー」の地蔵和讃でもそうなっているそうです。平安時代、朱雀大路を挟んで、東が左京。
西が右京でした。その後、左京は発展したが、右京は元気をなくし、荒地か畑地になってしまいました。さすが千年の古都:その変遷振りに驚きます。しかしながら、我家の近くに、平安時代の貴族「櫛笥(くしげ)太夫」の住まい跡と確定できるらしい住居があります。ちゃんと人が住んでいます。 通りの名は太夫にちなんで「櫛笥通り」です。平安時代の名は「櫛笥小路」です。今日、春の陽気に釣られて孫達と梅小路公園に行きました。写真は公園のしだれ梅です。ここの梅園ももう少し年を経れば素晴らしいものになりそうです。



21日に梅宮大社の梅を観に行きました。この地の梅津一帯は今は工場地帯ですが、平安時代からのゆかりの宮が鎮座しています。あまり訪れる人も無く静かですが、梅の名所です。かきつばたの頃にも訪れたいところです。梅の種類が多く、早咲き、遅咲きなど様々で香りにむせるような一斉咲きではありません。百人一首の「ゆうざればかどたの---」はこの神苑の景色を詠ったものだそうです。この地の梅津の名からして、梅の里であったろう事は想像できますが、この梅津は桂川を挟んで対岸の桂とともに、平安王朝貴族の別荘地であったそうです。対岸には松尾大社があり、その隣が嵐山です。左に行けば桂離宮です。こちら側を右に行けば小倉山や大覚寺がある嵯峨です。松尾大社はお酒の神さんですが、この梅宮大社もお酒の神さんだそうです。酒造会社の奉納も多いです。松尾神社の隣にある料理屋さんで宴会をした時、出てくるお酒の銘柄が多彩、あちらこちらのお酒がありました。 奉納されたもののお下がりなのでしょう。ここからあまり遠くない太秦にも、
るだけで、鍋一面に油が浮いていました。 淡白な味が売りのぐじの身が、すごい油を抱えているのをはじめて知りました。 確かに美味では有りましたが、やはり「ぐじは塩焼き」の思いを越えませんでした。若狭の一塩のぐじと笹かれいは京都で最高の味覚でした。 さばとともに名にしおう若狭物です。しかし今は、さば街道を運んでくるわけでなし、 市場を通して流通します。はてどの段階で塩が打たれるのでしょう。「一塩もの」のいい響きも今は死語でしょうね。写真は今日の午後訪れた「梅宮大社」の梅の一つです。

シャと高山右近が洗礼を受けた教会だそうです。建物の正面左側にガラ
梅一輪一輪ほどの--と言いますが、我家の庭の奥にある、日当たりが悪くひょろひょろの梅の枝にも開花の兆し。昨土曜日に庭に出てみて気が付きました。 それまで葉一枚も無く、まったくの枯れ木状態だったのに、二輪の花に誘われて近づいてみれば蕾が沢山付いていました。春や春 も目の前です。夜は孫の誕生祝い。一番下の孫も二歳になりました。 二歳ともなれば男だけに、今までの女の孫三人とは違います。 手荒いので物がよくこわされます。 どことなしに仕草にひょうきんさを感じます。よく私の前で両手をつきます。寝転んでいようが、座っていようが座りなおしたり、立ち上がったりして相手になります。勢いよくぶっかって来るとたまに倒されます。本職と違って、しっかりもろ手をついて立ち上がります。どうも私が教えたようです。パソコンのマウスやキ-に興味深深で、いたずらの期待にニコニコとさわりに来るので、防戦も大変です。孫が二歳、私が来月で七十二歳。70の開きがあります。 一昔前の感覚なら曾孫の年です。今でも子供や孫が少し早く結婚していたら、これくらいの曾孫がいてもおかしくありません。しかし年の差をまったく感じずに戯れています。一日中孫の顔を見ない日は何か忘れ物をしたような気分に成りますが、ほぼ毎日寝る前にママに連れられて「お休みなさい」といいに来て、二人の孫がしばし相手になってくれます。今日は朝早く起きて、大阪行きでした。 幼稚園児の孫の発表会です。今日は京都市の小学校の「大文字マラソン」の日でもあります。書けば長くなりそうなので、日を改めます。
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