卒業50年
27日に時計台の下で、山紫会の卒業50周年記念同窓会があり出席しました。京大経済34年卒なのでもじって「山紫会」。その50周年記念総会です。先ずは京大近くの清風荘見学。
西園寺公望の京都別邸として使用された建物ですが、いろんな関係から今は京大の持ち物で一般非公開。写真からお解り頂けるように植治の庭です。総会は時計台下のホ-ル。
京大卒のプロバイオリニストという変わった経歴のお嬢さんの演奏というおまけつき。かわい子ちゃんでTVなどにも出ているそうです。現学部長の特別参加もあり賑やかな歓談の場でした。二ヶ月に一度の大阪山紫会の昼飯会には殆ど出席できませんが、5年に一度の総会には欠かさず出ています。百余名の参加なので各人とユックリの話はできませんが、誰とでもすぐ昔に戻れるのが嬉しいです。 お前のブログを見ていると声を掛けられて赤面の思いも数回。 思わぬ人が見てくれています。二次会は鴨川近くの「京大会館」貸切。すべて含めて幹事さん達が一年位前から会合を重ねて取り組んでくれたそうです。参加者は関東はじめ日本全国から。ほんの数人のご夫人連れを除いて殆どが単身参加。 単身でホテルに泊まって一人での夕方のぶらぶら歩きが良かったという人がたくさん居ました。かつての安酒屋を探した人。美味かったうどん屋が未だそのまま残っていたという人などなど。夕暮れの寺町(二条~三条)をぶらぶらし、こんな京都にずっと住み着いているお前がうらやましいという御仁も。翌日はゴルフのグル-プ。奈良の太子道を歩くグル-プなど皆元気そのものです。年齢的におそらく最後の総会かとの幹事さんの挨拶がありましたが、この分では55年も見込めるかもと思いました。皆さん現役時代は日本の高度成長をバリバリ引っ張り、日本を背負って立った人ばかりですが、皆うまく遊び心を生み出して、今の生活を謳歌しているのがわかります。 もっとも、体調を崩しているので今回は参加できないとのコメントが多くあり、健康の有難さを実感します。総会の最後は、恒例:肩に手を廻しあっての吟歌三つ。 「逍遥の歌(紅萌ゆる---)」「琵琶湖周航の歌(我は湖の子---)」は皆さんご存知でしょうが、「月見草」は三高、京大関係者だけが身内で歌うんでしょう。四国松山から 花の都(京都)に出で立ちた君が、学びの路にいそしみ過ぎて死の影に。「取り残されし乙女子は 京に上りて東の空に月の出づる頃 君逍遥の跡に泣く」(9番)なんとも身勝手な、又男なら誰しも一度は夢に描く悲恋の想像歌です。当時流行った歌の替え歌のようです。延々11番までありますが、私もその年齢の時には、皆で、又一人でよく口ずさんだ歌です。


お願いの回覧板が学区自治連合会から廻ってきています。たいていの人の祭との係わりは、お金を出すだけということになります。愚痴や悪態だけでは様にならないので真っ当な話も書きましょう。 五条河原町で小学校の同級生がやっている散髪屋さんにはいつもは自転車で出かけますが、小雨模様だったので昨日はバスで行きました。東山通りの「馬町」で降りて西へ向かいました。 そのまま西へ進むと「国家安康」の釣鐘に行き当たります。 一筋北の渋谷通を西へ進むと写真の建物に出会います。日本で
ささやかな幼児向きの遊園地で孫が十分楽しめます。傍には、遊歩道に添って、家族で弁当が広げられる場所やベンチがたくさんあります。秋の紅葉の頃や、何か催しがあるときは混雑するでしょうが、この時期は穴場です。道路も遊園地もよく手が入っています。私は40年以上ぶりなので、できた当時に比べて少し寂れているのかとの想いがありましたが、想像は外れました。ドライブコ-スには10箇所ほどの展望台があります。推奨すべきはやはり、保津峡展望台です。写真の上が亀岡方面です。画面では見えませんが、右下の落合で、清滝川と合流して、左下の嵐山方面
へ川は流れます。かつても保津川くだりの船が見られましたが、今はトロッコ電車も見られます。画面左側の橋上でしばらく停車します。菖蒲谷池にはボ-トやいろんな乗り物が浮かび、釣堀もあります。吃驚したのはラジコンカ-のコ-スで大の大人がレ-スに熱中している光景です。テ-ブルの上に愛車とともに修理道具一式を並べ、夢中で何か作業しています。本物並みの緊迫レ-スも目にしました。10人どころの少人数ではありません。 初体験です。 北海道無銭的安旅行用に友人達とともにテントを買ったときには、嵐山からテントを担いで菖蒲谷に登り、池の畔でテントを片張りして、人の目をさえぎり、一升瓶を片手にヘタな演歌を放吟し合っていました。 いわば我々だけの秘密の場所でしたが、その場所がいまや、有料道路の中の集客ポイントになっているのには複雑な感がします。鷹が峰の沢池、木津川の流れ橋など昔は人の少なかった場所も、今は観光地になりつつあります。時の流れに身を任すべきでしょう。
連休最終日とあって、皆さんさすがに出疲れたのか、人も少なく静かにゆっくり庭の鑑賞ができました。雨模様との予報の所為でもありましょうが、実際は殆ど雨にあいませんでした。抹茶を頂きながら部屋からこの庭を眺めていると、有朋がしばしば訪れた気持ちが理解できます。次いで平安神宮の神苑を巡りました。杜若や睡蓮が見頃になっていました。光格天皇御遺愛の杜若との解説のある「折鶴」を運よく見られたのは幸いでした。まさに名の通りの涼やかな、風情極まりなしの花です。河骨(こ-ほね)という黄色い花も見ました。かかる名花や庭園の趣も、人がざわざわしていれば風情は半減しますが、誠に格好の日に訪れる事ができました。二つとも植冶の名作ですが、趣は全く異
なります。無燐庵は芝生を配し、明るい庭です。降り立って癒しをもらう庭です。一方、神苑はやはり神社の庭です。訪れる人を楽しませようとの配慮を感じます。年年にいろいろ手が入っているのでしょうが、花や樹木の種類も多く、観光庭園としてはなかなかのものです。歩くのを目的と書きましたが、最近足腰の衰えを少し感じていますが、家内のいわく:敬老乗車証を利用するようになって以来、私の歩きは減っているそうです。市内なら出来るだけ車に乗らず、
思い出します。祇園祭が鱧祭りといわれるように、稲荷祭りは鯖(寿司)祭りです。なにごともそうであるように、祭りとは「主役は女」なりとの思いを一層強くしました。漸く食べ頃になってきたアスパラ菜と二十日大根をサラダ用に供しました。ミニトマトの味でも想像してか「赤い大根食べたいなあ」と言っていた二歳の孫はどんなに感じたのでしょう。特別嫌がってはいなかったそうです。昨4日は伊丹スカイパ-クに行きました。子供達がそこで合流して遊ぶのに誘われました。名神高速から中国道に入ったとたんに渋滞に巻き込まれました。今年は1000円渋滞に悩まされた人も多いでしょう。空港の施設の反対側に遊園地が出来ています。目の前で飛行機が離着陸する様は、その騒音とともに迫力があります。尤も子供達は飛行機そっちのけで、遊具に夢中でした。帰路大阪で

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