植冶の庭
連休最終日の6日に、歩くのと庭を見るのを目的に岡崎へ出かけました。先ずは無隣庵へ。
連休最終日とあって、皆さんさすがに出疲れたのか、人も少なく静かにゆっくり庭の鑑賞ができました。雨模様との予報の所為でもありましょうが、実際は殆ど雨にあいませんでした。抹茶を頂きながら部屋からこの庭を眺めていると、有朋がしばしば訪れた気持ちが理解できます。次いで平安神宮の神苑を巡りました。杜若や睡蓮が見頃になっていました。光格天皇御遺愛の杜若との解説のある「折鶴」を運よく見られたのは幸いでした。まさに名の通りの涼やかな、風情極まりなしの花です。河骨(こ-ほね)という黄色い花も見ました。かかる名花や庭園の趣も、人がざわざわしていれば風情は半減しますが、誠に格好の日に訪れる事ができました。二つとも植冶の名作ですが、趣は全く異
なります。無燐庵は芝生を配し、明るい庭です。降り立って癒しをもらう庭です。一方、神苑はやはり神社の庭です。訪れる人を楽しませようとの配慮を感じます。年年にいろいろ手が入っているのでしょうが、花や樹木の種類も多く、観光庭園としてはなかなかのものです。歩くのを目的と書きましたが、最近足腰の衰えを少し感じていますが、家内のいわく:敬老乗車証を利用するようになって以来、私の歩きは減っているそうです。市内なら出来るだけ車に乗らず、
バスに乗るように心がけているので、歩きは増えているものと思っていましたが、どこへいくのもバスで歩きが減っているそうです。我家から京都駅は25分、四条大宮へは15分。今までは歩いていましたが、言われてみれば今はバスです。払った一万円を取り戻すべく知らず知らず脳が命ずるのでしょう。 永年の貧乏暮らしから身についた処世です。元が取れようが取れまいが、できるだけ歩くことにしましょう。四条京阪から岡崎まで往復歩きましたが、足も痛まず、心地よい疲れを感じました。知らず知らずの恐ろしさを実感しました。家内に限らず他人様の目は必要と自戒の日でもありました。


私は、最近、別の理由で、通勤の帰路にこれまでバスに
乗っていたのをなるだけやめて、歩くようにしています。
それは、入院中に悩まされた便秘が、退院して公園をウォーク
するようになって好転したことから、やっぱり腹筋を刺激し強化
するのがからだに良いということを痛感したからです。
理屈はともかく、人間の身体は、歩くようにできてるんだから
歩かないとダメです。 お互いマメに生きましょう!
Katz ofKuzuha.
投稿: Katz_of_Kuzuha | 2009年5月 8日 (金) 21時53分
元は四足だった人間の体が、歩くようにできているのかは??ですが、あるかなアカンなのは事実です。難しい顔をして大きく手を振って歩いている人をよく見かけますが、そんな義務的、仕事的歩きは嫌なので、何か楽しみを見つけて歩くことにします。さて何を楽しみにするか?? 貴兄はまだ大病のさ中です。あまり無理のないように!!
投稿: shosi | 2009年5月 8日 (金) 22時46分