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2009年7月20日 (月)

京都ル-ツの老舗

堺町夷川にキンシ正宗のル-ツの酒蔵が「キンシ正宗堀野記念館」として残っていて、地ビ-ルブ-ムが始まった頃に、この酒蔵でも開発地ビ-ルが生まれ、私も度々訪れました。その酒蔵の壁に貼ってある町内の古地図に「白木屋」が書かれています。「白木屋」(後の東急百貨店)のル-ツです。高島屋は烏丸松原で木綿商として生まれ、戦後も其処にありました。大丸は伏見区で呉服商として生まれたそうです。 三井呉服店=三越も江戸での創業ながら京都で始めた両替商としての財力が後の三井財閥の基礎となったそうです。京都には確か800年を越えるほどの昆布やさんなど数百年の老舗がたくさんあります。時勢に合わせて方向転換したところもあり、昔から殆ど業態の変わっていないところもあります。百年の老舗などは数え切れないでしょう。 我家も約140年になります。しかし私は、永きが故に尊しとは思えません。京都に限らずいわゆる老舗の中には、商売の存続を第一にし、その元となる家庭というものをないがしろにしているような傾向も見られます。 男の子供には後を継がせず、跡取りは婿養子に限ると決めたり、跡継ぎが商売に口を出して、素人商法で店が傾くよりは、放蕩三昧でお金を使ってくれるほうがありがたいとか。 お茶屋さんの上得意にはこういう「ぼんぼん」が多かったのでしょう。番頭さんや、分家さんImg_182340 、別家さんたちの「主家大事」からくる悲喜劇を私もたくさん見聞きしました。 私も仮にも老舗の跡継ぎになりましたが、老舗も普通の家庭;基本は家庭の円満にこそある。と思いそのように動いてきました。「継続は力なり」は確かに真理ですが、それも程度問題です。人間性を無視したような家訓やしきたりを紹介し、したり顔で非人間的経営論を言うエセ評論家は糞食らえです。祇園祭りはまだ続いています。写真は15日のものですが、あの辺りの商家の祭り風景でしょう。表の道から覗き見できるのは祭りならこそです。

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コメント

> 大丸は伏見区で呉服商として生まれたそうです。
 私の父は、大丸のことを藤井大丸に対して
下村大丸と言っていたことがありました。
 その下村家の別邸というのか別荘というのかが、京阪
丹波橋の少し北、いまは予備校の四角い建物
(出来たときは家具屋でしたが)になっているところに、
南欧風の瀟洒なものが建っていました。
 それと、下村家の墓所は、そのひとつ北の東西に走る
通りを東へつき当たったところにある海宝寺(普茶料理でも
知られている)にあるということです(確かめてはいませんが)。
 以上思い出すままに書きました。
Katz of Kuzuha.

詳しいお話有難うございます。 同志社の西側にある下村家の立派な洋館は今も実用されているのでしょうか。

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