葭戸
一昔前までは、京の町家ではどこでも夏は葭戸に代えていました。京の夏を代表する風物詩の一つだったでしょう。エアコンなる文明の利器が出るに及んで、その必要が薄れ、しきたりや昔のたたずまいを守ろうという一部の人たちだけがいまだ続けているようです。私のある知人は葭戸の部屋でク-ラ-生活をしています。葭戸でも冷気は外へ逃げないそうです。以前この八月でブログを打ち止めにしようと思うと書きました。懐かしき京都を書き続けるよう;町家での暮らしやしきたりをもっと書き残すよう;とか二、三のかたからメ-ルなど戴きました。ありがたい激励ではありますが、やはり寄る年波に逆らわず八月で止めようと思っています。図らずも葭戸を取り出すことになりましたが、昔京都に居られた方などには懐かしいものかと思います。孫達が面白がって触ったり、引っ張ったりするので、簾の糸が切れたりするのではと危ぶんでいます。 しかしもう二度と出さないかと思うので、このブログに残るこ
とは嬉しい事です。この葭戸の包み紙には縁先の四枚と書いてあります。 縁先とは庭側の縁側を言います。 したがって庭側にはめる事となります。しかし我家では何時の頃からか、縁先には簾をかけ、反対側に葭戸をはめています。 各家でそれぞれのようです。人の目をどう遮るかなど、家々の都合によるのでしょう。しかし私は簾は絶対に縁側に掛けたいです。いつか日本に住まいする、高名のアメリカ人建築家の「縁側の思
想」なる本を紹介しましたが、その哲学にも通じます。中間に坪庭があり(我家ではここが応接間になっていますが)、商売をしている店の表の道側のガラス戸も、人目を遮る簾戸をはめ込んで開け放すので、極めて風通しがいいのが、本来の京の町家です。葭戸は何も京都の専売特許ではありませんが、この町家造りによくマッチしています。7月に入るとともに、京都も梅雨前線真下です。この蒸し暑さと湿気には葭戸や簾は対応できません。ク-ラ-に頼りたいですが、仕事の汗をシャワ-で流し、
ビ-ルを飲んで対応しています。


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